焼き物2 遡って土器。

陶器の元というか、原型というか大元ですよね。
日本は遺跡が多く、土器の欠片などは貝塚へ行けば意外と落ちてたりします。

自宅から歩いていける距離に貝塚がありますが、子供の頃に土器の欠片を見つけたことがありますw
勿論そのまま置いて帰りましたが、持って帰るとお化けが出るよ!と言われていました^^;

日本で土器が作られるようになったのは縄文時代からと言われ、今から約1万6,500年前から約3,000年前までが「縄文時代」とされています。
発掘されたもので日本最古といわれているものは、青森県蟹田町の大平山元(おおだいやまもと)遺跡から出土した、約16,500年前の土器片だそうです。
他にも長崎県福井洞穴で出土した、豆粒文(とうりゅうもん)土器は約12,000年前という測定結果が出ています。

縄文時代の長い年月の間に土器の形状などに変化があり、その変化に沿って草創期・早期・前期・中期・後期・晩期に区分されます。
こちらのページの中ほどで、区分ごとの土器の画像が見られます。
元々は、発見された土器の表面に縄の文様がついていた事から「縄文土器」と呼ばれるようになりました。
煮炊きするための器、食物を貯蔵するため器として使われていました。
今でいうお鍋とタッパーみたいなものでしょうか^^;

ちなみに土偶が作られたのも、縄文時代からです。

Filed under: 焼物,雑のーと — えるる 3:08 PM  Comments (0)

焼き物1 相馬焼

日曜にDASH村を見ていたら、相馬焼のことをやってました。
地震で大きな被害があった上に福島の原発から近いため、今は立ち入る事が出来ないとか。

相馬焼の特徴を調べてみたら、そういえばうちにも1個だけ相馬焼の湯のみがあった事を思い出しました。
ただ残念な事に、既に割れてしまって無くなっていましたが^^;

相馬焼(大堀相馬焼)は福島県浪江町の大堀地区で作られています。
江戸時代の元禄年間の相馬藩士、半谷休閑(はんがいきゅうかん)の下僕、左馬という人物が創始者と言われています。
半谷休閑も陶工であり、この人が創始者だという説もあるようです。

特徴は「青ひび」「走り駒」「二重焼」
青ひびは、釉薬と陶器の素材の収縮率の違いからできるそう。
このひびが入る音を「貫入音」というのですが、すごく綺麗な音です。
こちらで聴く事ができます。(説明する人の声も入っています)

走り駒は「相馬野馬追」で知られるように古くから馬との関わりが深く、相馬藩主の家紋も馬が意匠となっています。
馬の意匠は縁起物とされるそうです。

二重焼は、相馬焼の最大の特徴かもしれません。
作成時に外側と内側を分けて作り、二重構造にしたものです。
湯のみの場合、中のお茶が冷めにくくなりますが、外側まで熱が伝わらず手で持つ事ができます。

近くでやる陶器市には出店されて無かった気がしますが、二重焼の湯のみがちょっと欲しいですw
何より早く原発が落ち着いてくれるといいのですが・・・。

Filed under: 焼物,雑のーと — えるる 8:40 PM  Comments (0)